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2006年1月31日 (火)

浅草 散策

saruwaka-chou-hi 浅草。
 今や浅草寺、雷門付近を中心に東京観光の一つにもなっています。
 少し前、明治~戦後経済成長前くらいまでは、演劇、演芸の中心地でもありました。
 その前、江戸時代も浅草は浅草寺を中心に娯楽の中心でもあったようです。娯楽の中心は”芝居”と呼ばれた歌舞伎です。

 浅草で幕府公認の芝居小屋は中村座・市村座・守田座の3つのみ。
ichimuraza  現在歌舞伎だけを上演している劇場は、歌舞伎座のみで江戸時代にあった三座は一つも残っていません。
 浅草で歌舞伎が劇場で上演されるのは1年に一度、正月に浅草公会堂で行われる”花形歌舞伎”だけではないでしょうか。またここ数年は中村勘三郎さんが”平成中村座”として浅草にテント小屋を設置し歌舞伎を上演しています。

 前述の中村勘三郎という名前は、江戸三座の中村座の座元の名前で、現在の歌舞伎界で座元の名前を使用しているのは勘三郎さんだけというのは残念なことです。

moritaza 江戸三座のうち、市村座の座元名は市村羽左衛門、守田座は守田勘弥でどちらの名前も、名乗る資格のある方はいらっしゃいますので、将来は江戸三座の座元の名前も復活するのではないでしょうか。

 歌舞伎好きの方、江戸の昔を思いつつ散策するのはいかがでしょう。
 現在の浅草6丁目には江戸三座の名残を、石碑として見つけることが出来ます。
 私が見つけたのは3つ。守田座、市村の二つと浅草猿若町碑の合計3つ。中村座の跡の石碑を見つけられませんでしたが、もしかすると浅草猿若町碑が中村座跡なのかもしれません。

 この界隈は歌舞伎に関するものを幾つも見つけることが出来ます。
 例えば、浅草寺金龍堂の裏手には9代目団十郎の石像を、待乳山聖天宮などなどを見つけることが出来ます。
 こんなHPもありますので、参考になると思います。
 http://www.asakusa.gr.jp/sanpo/kabuki/kabuki-1.html

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