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2005年12月27日 (火)

尾上松助

6matsusuke 9時前でしょうか、突然の電話に出たら、尾上徳松さんからの電話でした。

 電話の内容は松助さんの訃報と、お通夜と葬儀の時間などでした。
 新聞を取っていないため、徳松さんからの電話で初めて松助さんが亡くなったことを知ったのですが、言葉にならないほどのショックを受けました。

 松助さんとは歌舞伎座の楽屋口でサインを頂き、ちょっとした縁から楽屋へお伺いさせていただくようになり、後援会にも入れていただき。
 11月には1年ぶりとなる児雷也の舞台に立たれ、舞台での姿を楽しませていただいたばかりだったのに・・・。

 私が思う松助さんの最高の舞台は、名古屋御園座での「太刀盗人」です。

 狂言仕立てのお芝居で、踊りも入り、またこの舞台にはご子息の松也さんも出演され、親子競演の舞台でもありました。
 私の中では、今もこの舞台を抜くお芝居はありません。

 ご本人が演じたがっていた「引き窓」の お幸 を見たかったです。

 松助さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

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コメント

とても驚いております。
私は、ネットで知りました。
まさか???っと新聞社のネットを調べてしまいました。
11月7回見に行った「児雷也」。
あれが最後の公演になってしまったなんて。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿: harumichin | 2005年12月28日 (水) 00時14分

harumichinさん、コメントありがとうございます。

今考えると、児雷也は無理をなさっても出演されたかったのかもしれません。
おそらく疲れ切っていたのでしょうが、楽屋でも終始笑顔で、国立劇場養成課の職員の方やご贔屓さんと対応して下さっていました。

歌舞伎界はまた大切な役者を失ってしまったようです。

投稿: Osome | 2005年12月28日 (水) 18時51分

歌舞伎のことはよく知らないのですが
一芸を極め最期まで己の芸を遂げた人
そんな素晴らしい人生に祈りを捧げます。

投稿: 人参烏龍 | 2006年1月 1日 (日) 01時36分

芸に終わりはないといいますが、それは本人が思うこと。最後の最後までご本人は、悔しくて不満足だったでしょうね。
でも、人生の最後の最後まで好きな舞台に立つことができ、まだ復帰していない同級生の団十郎さんから400人を越す仲間、知り合い、見物さんに見送っていただいたのは、幸せなことではないでしょうか。

このぶんじゃ、私なんて野垂れ死にだなぁ・・・。

投稿: Osome | 2006年1月 1日 (日) 09時09分

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» 訃報:尾上松助さん死去 [花がいっぱい。]
うそ〜!!と今、職場でインターネットをのぞくとこんな訃報が!! 11月児雷也に千秋楽まで出演されたじゃない!!っと。 ついこの間まで舞台に立たれていたじゃない!と。 今年は、本田美奈子さんや、大木監督の訃報に吃驚したが、どこか遠い存在、近くはなかった。 でも、この松助さんは歌舞伎座や演舞場への通勤?チャりんこ姿も良く見かけ、楽屋出待ちでも何回か会話させていただいた。ファンに対してもとても優�... [続きを読む]

受信: 2005年12月28日 (水) 00時16分

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